IAIIAI:creative agency

「アイ・エイ・アイ」:IAI

「ルートヴィヒ美術館展」国立新美術館
国立新美術館
〒106-8558 東京都港区六本木 7-22-2


MUSEUM LUDWIG COLOGNE

HISTORY OF A COLLECTION COLLECTION WITH CIVIC COMMITMENTS

ルートヴィヒ美術館展

20 世紀美術の軌跡
市民が創った珠玉のコレクション

 本展は、ドイツのルートヴィヒ美術館が所蔵する、20 世紀初頭から現代までの優れた美術作品を紹介する展覧会です。 ケルン市が運営するこの美術館のコレクションは、市民のコレクターたちによる寄贈を軸に形成されてきました。

 二度の世界大戦、東西ドイツへの分裂から統一にいたる激動の 20 世紀を生きた寄贈者たちは、同じ困難な現実に翻弄され、立ち向かい、社会の新しい息吹に鼓舞された、同時代の美術家たちに目を向けました。

 本展覧会では、館名に名を冠するルートヴィヒ夫妻をはじめとするコレクターたちに焦点を当て、ドイツ表現主義や新即物主義、ピカソ、ロシア・アバンギャルド、ポップ・アートなど、絵画、彫刻、写真、映像を含む代表作 152 点を紹介します。

 美術館と市民との生きた交流の証としての本展が、私たちの社会における美術館の意義と役割を見つめ直す契機になれば幸いです。

会期: 2022 6.29 [Wed.] 9.26 [Mon.] 東京展は終了、京都巡回展で開催。
休館日: 毎週火曜日
開館時間: 10:00 ~ 18:00
(※毎週金・土曜日は、20:00まで)
※入場は閉館の30分前まで
会場東京展:
国立新美術館企画展示室2E (東京・六本木)
主催:国立新美術館、ルートヴィヒ美術館、日本経済新聞社、TBS、BS-TBS

・・・・・・・・・(巡回展)・・・・・・・・・ 京都巡回展で開催。
会期・会場・京都展: 2022 10 月 14 日 (金) -2023 1 月 22 日 (日)
京都国立近代美術館
(京都・岡崎寺公園内)

主催・京都国立近代美術館、ルートヴィヒ美術館、日本経済新聞社、テレビ大阪、BS-TBS、京都新聞


'2022 6_28 「ルートヴィヒ美術館展 20 世紀美術の軌跡―市民が創った珠玉のコレクション」 のプレス内覧会風景と、図録、「PRESS RELEASE」などからの抜粋文章です。
画像をクリックするとギャラリートーク 「イルマーズ・ズィヴィオー(ルートヴィヒ美術館 館長)」 がご覧いただけます。

説明会「ルートヴィヒ美術館展」(国立新美術館)

ルートヴィヒ美術館展
20 世紀美術の軌跡―市民が創った珠玉のコレクション
ご挨拶 「イルマーズ・ズィヴィオー(ルートヴィヒ美術館 館長)」
'2022 6_28
国立新美術館 (東京・六本木)



20 世紀の 100 年。
未来を買ったコレクターたち。

「ルートヴィヒ美術館展 20 世紀美術の軌跡―市民が創った珠玉のコレクション」
図録、Press Release、プレス説明会、他よりの抜粋文章です ―

「ルートヴィヒ美術館展 20 世紀美術の軌跡―市民が創った珠玉のコレクション 【見どころ 】
20世紀から現代まで に特化したルートヴィヒ美術館の代表的なコレクション―本展では、ヨーロッパ随一の優れたポップ・アートのコレクションやロシア・アヴァンギャルドの貴重な作品群と表現主義や新即物主義などドイツ近代美術の名品の、油彩や彫刻、写真、映像を含む 152 点の出品作品は、美術館と市民の生きた交流の証です。

展示構成 (図録・抜粋文、概要説明、他でご紹介しています。)
序章: ルートヴィヒ美術館とその支援者たち
Chapter 1: ドイツ・モダニズム―新たな芸術表現を求めて
Chapter 2: ロシア・アヴァンギャルド―芸術における革命的革新
Chapter 3: ピカソとその周辺―色と形の解放
Chapter 4: シュルレアリスムから抽象へ―大戦後のヨーロッパとアメリカ
Chapter 5: ポッポ・アートと日常のリアリティ
Chapter 6: 前衛芸術の諸相―1960 年代を中心に
Chapter 7: 拡張する美術―1970 年代から今日まで

序章: ルートヴィヒ美術館とその支援者たち
 ルートヴィヒ美術館の大きな特徴は、20世紀美術の軌跡をたどり、21世紀以降の動向をも視野に入れたコレクションの形成が、市民たちの関与に支えられている点にある。 ここではまず、ルートヴィヒ美術館の設立そしてそのコレクションの発展において、重要な役割を果たしたコレクターたちを紹介する。
 ヨーゼフ・ハウプリヒ・コレクション、ゲオルク&リリー・フォン・シュニッツラー・コレクション、シュトレッカー・コレクション、ルートヴィヒ・コレクション、ギュンター&カローラ・パイル・コレクション これら全ての個人コレクションの寄贈と購入のほかに、収蔵品全体のイメージを持続的に形成しているのは、当然ながら美術館館長による狙いを定めた作品購入であったし、今もそうである。 その際ルートヴィヒ美術館は、一つには市の購入予算によって、もう一つは様々な外部からの資金によって新たな作品を購入してきた。 ケルン市が運営するこの美術館のコレクションは、まさに市民が創ったコレクションなのである。(YI)


'2022 6_28 「ルートヴィヒ美術館展 20 世紀美術の軌跡―市民が創った珠玉のコレクション」 のプレス内覧会風景と、図録、「PRESS RELEASE」などからの抜粋文章です。


画像をクリックすると 「Chapter 2: ロシア・アヴァンギャルド―芸術における革命的革新」 がご覧いただけます。

ウィルヘルム・レームブルック《振り返る少女のトルソ》

Chapter 1: ドイツ・モダニズム―新たな芸術表現を求めて
 19 世紀末から 20 世紀初めにかけてのドイツでは、新たな芸術表現を模索する芸術家グループが生まれ、1905 年のドレスデンで結成の 「ブリュッケ(橋)」 は人間が持つ根源的かつ原始的な生命力を激しい筆致と鮮烈な色彩で表現した。 また 1912 年にミュンヘンで誕生した 「青騎士」 は、あらゆる芸術に通底する共通項を模索し、その過程で西洋的因習的な造形表現の超過を試みて、一部は非具象的傾向を強めた。 両者とも新時代の芸術傾向を提示した点で重要である。
 20 世紀は写真・映像の時代でもあり、ルートヴィヒ美術館は開館直後からコレクションにおける写真作品の充実化を図った。
 1900 年頃から 1940 年にかけての写真芸術の変遷も本章で紹介する。(YI)

《山岳の町》《白いストローク》

左・cat.016 ウィルヘルム・レームブルック(1881-1919) 《振り返る少女のトルソ》 1913/14 年 着色された人造石 高さ: 95.0 cm ルートヴィヒ美術館/中・cat.018 パウル・アドルフ・ゼーハウス(1891-1919) 《山岳の町》 1915 年 油彩/カンヴァス 100.0 x 77.0 cm ルートヴィヒ美術館 /右 ・cat.020 ワシリー・カンディンスキー(1866-1944) 《白いストローク》 1920 年 油彩/カンヴァス ルートヴィヒ美術館   

 左・cat.016 ウィルヘルム・レームブルック デュッセルドルフの工芸学校と芸術アカデミーに学ぶ。 1910 年パリに移り住み、マイヨールから多大な影響を受け、一方前衛的・抽象的傾向の作家たちとの交流から人体造形に深い精神性を結びつけた独自の作風を確立。 本作は コントラポストの形式で後ろを振り返る頭部と前へ踏み出そうとする脚部を胴体部分が調和的につないでいる。 / 中・cat.018 パウル・アドルフ・ゼーハウス 1911-14 年マッケのもとで研鑽を積んだ。 この間、フォーヴィスムやキュビスム、イタリア未来派など様々な芸術潮流から影響を受けた。1913 年からボン大学とミュンヘン大学で美術史を学び、 1918 年にボン大学で博士号を取得した。 肺炎がもとで 27 歳の若さで突然逝去した。 本作は背景が幾何学的に構築されている一方、橋やその上を歩く人々は具象的に描写されている。/ 右・cat.020 ワシリー・カンディンスキー 20 世紀初頭の抽象絵画の創設者のひとりであるロシア出身の画家。 1921 年、再びドイツに渡り、バウハウスに着任して旺盛な活動期を迎えた。 本作品は、1933 年にナチズムを逃れてパリ郊外に移った後も画家の手元に残され、妻ニーナが最期まで所蔵した。



画像をクリックすると 「Chapter 4: シュルレアリスムから抽象へ―大戦後のヨーロッパとアメリカ」 がご覧いただけます。

アメデオ・モディリアーニ《アルジェリアの女》

Chapter 3: ピカソとその周辺―色と形の解放
  ペーター・ルートヴィヒは、1950 年に 「同世代の人々の人生観の表れとしてのピカソの人物画」 と題した論文で博士号を取得した。 しかし、ペーターそして妻イレーネがピカソの実作品を初めて目にしたのは 1955 年にケルンで開催された大回顧展であり、それは夫妻がピカソ作品の収集を開始する重要な起点となった。 夫妻の収集対象は、ピカソの全時代全ジャンルに及び、中でも特に当時はまだ評価の定まらなかった晩年の作品を、精神の自由でのびやかな表現として高く評価し数多くコレクションしている。 夫妻のコレクションのうち 90 点の作品は 1994 年に寄贈され、同年寄託となった 774 点の作品も 2001 年に寄贈された結果、ルートヴィヒ美術館のピカソ・コレクションは、世界で 3 番目の規模を誇るものとなっています。
 ここでは、ルートヴィヒ美術館のピカソ・コレクションから各時代を代表する作品とともに、パリで活躍したピカソと同時代の作家たちの作品も紹介する。(YI)

《ランプのある赤い静物》《サン=ポール=ド=ヴァンス》

左・cat.081 アメデオ・モディリアーニ(1884-1920) 《アルジェリアの女》 1917 年 油彩/カンヴァス 55.0 x 30.0 cm ルートヴィヒ美術館/中・cat.080 マリア・ブランシャール(1884-1920) 《ランプのある赤い静物》 1916-18 年 油彩/カンヴァス 118.5 x 74.5 cm ルートヴィヒ美術館/右・cat.077 アンドレ・ドラン(1880-1954) 《サン=ポール=ド=ヴァンスの眺め》 1910 年 油彩/カンヴァス 60.5 x 80.5 cm ルートヴィヒ美術館

左・cat.081 アメデオ・モディリアーニ は、イタリア出身のエコール・ド・パリの画家、彫刻家。 1906 年にパリに移り住み、ピカソなど様々な芸術家と交流する。 本作は、キュビスムの影響が少ないとされるが、ピカソがアフリカの仮面を解釈し、自らの画中にほどこした表現と近いものを想起させる。/ 中・cat.080 マリア・ブランシャール は、前衛美術が隆盛した 20 世紀初頭のパリで活躍した女性画家で、1920 年以降キュビスムから、より具象的な作風に移行した。 本作は、ファン・グリス作品を想起させる幾何学的な形態によって構成されている。/ 右・cat.077 アンドレ・ドラン は、1898 年頃にアカデミー・カリエールでマティスと知り合い、1900 年から同郷の画家ヴラマンクと共同のアトリエを構えて制作したことは、ドランの初期の創作に大きな影響を与えた。 また、同時代の画家同様、セザンヌ作品を熱心に研究しており、ここに描かれた風景にセザンヌ作品を想起させる。



画像をクリックすると 「Chapter 7: 拡張する美術―1970 年代から今日まで」 がご覧いただけます。

Chapter 6: 前衛芸術の諸相―1960 年代を中心に
  ルートヴィヒ夫妻は、ポップアート以外にも、前衛的、抽象的な作品も数多く収集しました。 6 章では、純粋な色彩やシンプルな形、また新しい素材を採用した新しい芸術の諸相を紹介します。
 バウハウスで教鞭をとり、1933 年にアメリカに亡命したアルバースは、色彩の相互作用と視覚的効果を探求してオプ・アートの展開に大きく寄与しました。 戦後アメリカで起こったカラー・フィールド・ペインティングは、絵具の物質性を強調する激しい筆致を避けた色面による構成を特徴とします。 その代表的な画家であるノーランドとルイスは、素地のカンヴァスに直接絵具を滲み込ませるステイニングという技法により、純化された色彩のイリュージョンを探求しました。 逆に、ミニマリズムを代表するジャドは、工業的な素材でできた立体を連続的に配置し、極限までイリュージョンを排除しました。 1950 年代後半からデュッセルドルフを拠点に活躍した前衛グループ 「ゼロ」 は、造形作品はもとより、パフォーマンスや出版、国際的な展覧会の企画など多彩な活動を行いました。 ゼロが好んだ反復する構造は、素材の効果ともあいまって、運動や光の感覚を呼び起こします。
 写真からは、「より少ないことは、より豊かである (Less is more)」 という言葉を残したモダニズムの建築家、ルートヴィヒ・ミース・ファン・デル・ローエの建築を探求したルフの写真を取り上げます。(MN)
  
・cat.134 モーリス・ルイス(1912-1962) 《夜明けの柱》 1961 年 アクリル絵具/カンヴァス 220.0 x 122.0 cm ルートヴィヒ美術館

・cat.134 モーリス・ルイス はメリーランド芸術大学で学んだアメリカの抽象表現主義の画家。 アクリル絵具をカンヴァスに滲み込ませて制作する〈ヴェール〉〈アンファールド〉〈ストライブ〉の 独自で開発した 3 つのタイプに分類されるステイニング(染め込み)技法で制作する。 本作は 〈ストライブ〉 でアクリル絵具を縦長のカンヴァスに色帯を滲み込ませたものである。



画像をクリックすると 「ルートヴィヒ美術館展:ギャラリートーク 長屋光枝 (国立新美術館 学芸課長)」 がご覧いただけます。

イルマーズ・ズイヴィオー(ルートヴィヒ美術館 館長)

「ルートヴィヒ美術館」 (ドイツ・ケルン市)

「ルートヴィヒ美術館、市民と繋がる市の美術館」
 イルマーズ・ズィヴィオー(ルートヴィヒ美術館 館長) / シュテファン・ディーデリヒ(ルートヴィヒ美術館 学芸員)

ルートヴィヒ美術館は 1976 年の創設の折より、コレクターであるルートヴィヒ夫妻に敬意を表してこの名を冠している。 この美術館が収蔵を誇り、 ここを訪れる誰もが、その数え切れないほどの素晴らしい作品、つまり、ポップ・アートから世界第 3 位のピカソのコレクション、ロシア・アバンギャルド、国際的な現代芸術にまで及ぶコレクションを目にできるのも、この夫妻のお陰と言えるのだ。

しかしここでルートヴィヒという名は、決して独占的なニュアンスで理解されるべきではない。 この美術館は何よりも市民に開かれた市の施設であり、19 世紀にルーツを遡るこの文化施設は、誇りをもって数多くの私的な寄贈者や後援者(パトロン) たちの存在を示している。 ルートヴィヒ美術館は 1976 年に、ルートヴィヒ夫妻によってケルン市に最初に大規模な寄贈がなされた際、20 世紀芸術の美術館として公式に開設された。 しかしその収蔵品は、より長い歴史を持ち、中世以降の芸術品を収めるヴァルラフ=リヒャルツ美術館の近代美術部門に基づいている。 1976 年にヴァルラフ=リヒャルツ美術館に収められていた 20 世紀美術と、ルートヴィヒ夫妻からの最初の寄贈品とが合わされ、新しい美術館の基盤が形成された。
「ルートヴィヒ美術館展」図録 頁010 日本経済新聞社(2022年)抜粋文

 ルートヴィヒ美術館の設立は、1976 年、ルートヴィヒ夫妻 (ペーター:1925-1996 / イレーネ:1927-2010) が約 350 点の作品をケルン市に寄贈したことに遡る、 この時寄贈されたポップ・アートやロシア・アヴァンギャルドを皮切りに、その後も夫妻は、ピカソや同時代の美術作品を中心に寄贈し続けた。

 一方、表現主義や新即物主義などのドイツ近代絵画は、ケルンの弁護士、ヨーゼフ・ハウプリヒ(1889-1961) に由来する。
 ナチズムが台頭し、近代美術が迫害を受けた後も収集し続けたハウプリヒは、戦禍から守り抜いた作品を、1946 年にケルン市に寄贈した。 寄贈された作品はすぐに公開され、若きペーター・ルートヴィヒもこれに感銘を受けたという。

 ヴァルラフ=リヒャルツ美術館に収蔵されたハウプリヒのコレクションのうち、1900年以降の作品がルートヴィヒ美術館に移管され、両コレクターの作品が歴史的に接続された。



お問合せ:050-5541-8600 (ハローダイヤル)
展覧会サイト:https://ludwig.exhn.jp
国立新美術館サイト:https://www.nact.jp
主催:国立新美術館、ルートヴィヒ美術館、日本経済新聞社、TBS、BS-TBS

後援:ドイツ連邦共和国大使館、J-WAVE、TBSラジオ
協賛:ダイキン工業、三井不動産


参考資料:「ルートヴィヒ美術館展 20 世紀美術の軌跡―市民が創った珠玉のコレクション 」図録、PRESS RELEASE & 報道資料 、他。
※画像の無断転載禁止


ご意見ご感想は  yashio@mui.biglobe.ne.jp


「アイ・エイ・アイ」:IAI
HOME
NEXT
BACK

Copyright © 2002-2022 Yashio.ALL Rights Reserved.